50代からの起業物語~私が起業を決意した理由

こんにちは。軽井沢マダム華子でございます。

軽井沢は遅ればせながら新緑が芽吹いてきました。

私の家は森の中。木々のせせらぎの真ん中にお家があるという感じ。

 

 時々顔を出す、リスさんやタヌキさんやキジさんはきっと

「変な形の木があるわね~」と私の煙突付きの家を見ているのでしょうね~

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ところで、平日は東京の多摩で暮らしている私。

この度お仕事を始める事にしました。それも起業です。

 

これからそのことについて書いていきたいと思っています。

宜しければお付き合いくださいませね!

 

*まずは何故起業する決意をしたのか?

母の病気と深い関係があるのです。

母の病気の事はまた追々書かせていただきますが、

母の仕事をつぐ決意をしました!

 

私の母は84歳になりました。

18歳の頃から「そろばん」を教える教室を主宰してきました。

もう65年も続けてきた老舗です。

昔は「読み・書き・そろばん」と言って誰もが習う習い事だったのですね。

多い時には300人ほどの生徒がいました。

 

毎日300人の生徒たちを指導しながら私たち3人の子供を育ててくれました。

私が生まれた頃は、まだ司法試験の勉強をしていた父。

生活費を稼ぐのも、家事も育児もすべて母がしていた事になります。

改めて尊敬!

 

 考えてみましたら、母は最先端の起業家です。

でも本人はそのような尖った気持ちではなく、目の前に「そろばん」を習いたい生徒さんがいるから、ただ淡々と教えて来たのです。

 

そしてそろそろ教室をクローズしようかと決意した矢先に

病気が発覚しました。

でも、生徒さんの親の多くが教室の継続を希望して下さり自宅の応接間で

「そろばん教室」を私と共に続ける事にしたのです。

 

そして今、週2回程 母と共に50人に子供たちに「そろばん」を教えています。そんな折母が「あなたの自宅でもスタートしたら?」と言ったのです。

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「そろばん」は日本のお家芸でもあります。

そんな伝統のある「そろばん」を教える指導者は激減しているので

私も継ぐべきではないだろうか?と気にはなっていました。

 

そこに母の言葉。母も私が継ぐ事を本当は凄く望んでいるのかもしれない!

でも自分の希望や要望を押し付けたりは決してしない母。

 

母の病気が無かったら私も決意できなかったと思います。

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 母の為に・・・という想いがあるからこそ前に進む勇気を持つ事が出来ました。

 決して無理をせず、「そろばん」を習いたい子供たちに楽しんで教えられるように。

 毎日少しずつ起業の準備進めて参ります。

まず何から始めるの?

続きはまた明日書かせていただきますね。

お読みいただきまして有難うございました。

明日も良い一日でありますように。

 






「50代起業の始め方②~看板出す?出さない?」はこちらからどうぞ!